卒業生近況

1972年卒 山口 雄二さん

若き同窓生に寄せる

ゆうべ城北を定年退職した先輩(同窓会常任幹事運営委員会の岸政男様)が食事に誘って下さって、そこで甘酒は身体にいいからとすすめられ蝋燭(ろうそく)の火を中心にして静かに話し合った。話の中心はいつも城北高校時代に於けるお世話になった先生や同窓生の情意往来の回顧だ。お互いに五十年の昔、当時の少年も還暦を過ぎ往時を追懐しては無量の感慨に堪えず話も尽きない。同窓諸君の消息を承ったが、巳(すで)に鬼籍に上られた方も多く今日もって生き残った我々はそれだけでも幸いと思わねばならなぬのではいかと。友を失くした人の遣る瀬ない胸の思いを思い遣って、良く同情しては、きくのである。先輩はそれを話す時が恐らく心が休む時なのであろう。話す人の話もいつも通りなら、受け答えする相手の話もいつも通りである。燭は取り代えられそれも燃えつき人も静かに話を止(や)めた。話中の誰彼よりも、いまは私が一番先輩の心持ちがわかるのではないかしら。

 若い同窓生にはこの先が永い。私には短い。その代りこれまで長かった。ホーム・カミングは時代を共有した仲間が一堂に会するよい機会である。一度参加したいと思う。

この所感はもっと簡潔で痛切な名状しにくい思いを含んでいて言葉尠(すくな)いものだったが、書くと冗漫でこんな浅薄なものとなった。実は私は65歳となり、いよいよ高校教員の仕事から離れることとなった。思いも一入(ひとしお)である。

 物的生活にも困ることは多かろうが、精神生活にも困ることは一層多かろう。生滅徂徠する良寛の国上山(くにがみやま)の冬の孤独の生活が雷の如く蘇っては自照する。

あれほどの人でありながら、やはり春を待ち友をなつかしがっている。詩に生きることも歌に生きることも宗教藝術に生きることも出来ない私は、この後の残年の孤独を何によって免れることが出来よう。心に抱く人々の思いだけではなかなか堪え切ることはむずかしい。やはりこれまでやり続けたことに興味を持って研究することが大切だ。先輩との食事会のおかげで床の中が暖かく上厠(じょうし)の回数も尠かった。寝床での腰折れ一首を残し筆をおく。

  甘酒に ぬくもりしものか こよひはも 厠にゆかず うまい(熟睡)しけるかな

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