卒業生近況

1960年卒 大場 忠道さん (2019年1月16日)

進む温暖化

昨年の猛暑は、地球温暖化がまさに始まっていると多くの人々に実感させたのではないでしょうか?埼玉県の熊谷で41.1℃という国内最高気温が観測されたのを始めとして、高温による気象記録が日本各地で塗り替えられ、熱中症で亡くなられた方が150人を超えました。また昨年は、集中豪雨や台風それに地震などの自然災害も多く発生しました。西日本各地を襲ったゲリラ豪雨による河川の氾濫や土砂災害、大阪北部地震とそれに引き続く非常に強い台風21号や24号による各地の暴風雨災害、そして地震の揺れの最大レベルである震度7を記録した北海道地震などが有りました。これらの自然災害は、温暖化の影響を直接的にあるいは間接的に受けてその被害が大きくなっています。

私は過去の地球環境を研究していますが、南極やグリーンランドの氷に閉じ込められた昔の空気の分析から、2万年前の氷河時代から1.1万年前以降の間氷期 (現在もその間氷期です) にかけて、大気中の二酸化炭素(CO2)濃度は180 ppm (ppmは百万分の1の単位) から280 ppmへ増加し、同時に気候も温暖化したことが分かりました。このような変化は、過去80万年間に8回も繰り返された氷期と間氷期の間で起こった気候変化に伴う現象です。しかし、人類は農耕を開始した頃から大気中のCO2を吸い取ってくれる森林を伐採し続け、特に産業革命以降は化石燃料 (石炭・石油・天然ガス) の大量消費によってCO2を大気中に放出し続けました。そして、現在では大気CO2濃度が405 ppmまで達し、間氷期が始まって以来永く続いていた280 ppmのレベルの時代よりも125 ppm (45%) も多くなってしまいました。さらに特記すべきことは、過去30〜40年間における大気CO2の増加速度が、氷期から間氷期への過渡期の頃より約170倍も速いという物凄い勢いだと言うことです。それによって、地球表面の年平均気温がおよそ130年間で約1℃上昇したと言われています。僅か1℃の変化は大したことではないと思われますが、地球全体についてその表面温度を1℃上げるということは大変なことで、永い地球の歴史の中において極めて急激な温暖化が現在起こっていると言わざるを得ません。その結果、熱帯〜亜熱帯では海面水温が上昇し、大気中に含まれる水蒸気量が多くなって、台風の発生が多くなったばかりでなくその規模も巨大化しました。そうした影響が、昨年は日本各地で集中豪雨や台風による洪水や土砂災害となって現れた訳です。

昨年、北海道の胆振地方を襲った震度6〜7の地震は、前日の台風21号の豪雨や6〜8月の降水量が例年と比べて多かったことから、この地方の多くの山々を覆っていた火山灰層とその上の土壌や樹木を一挙に滑落させる山崩れを引き起こしました。また、札幌などでも軟弱地盤の液状化で大きな被害がもたらされました。豪雨で地盤が緩んでいたところに地震が発生したので、温暖化による豪雨が間接的に地震の被害を大きくしたと言えるでしょう。地震の多い日本では、いつ巨大な地震に襲われるか分かりませんが、過去10年位の間に日本で起こった震度6弱以上の地震は27件、そのうち既存の活断層の近くで起こったものは6件、残りの21件(78%)は新たな場所で起こったものです。このことは、地震は日本中のどこで起こっても不思議でないことを物語っています。今後、温暖化が更に進行して豪雨の後に、もし稼働中の原発の近くで震度6弱以上の地震が起きたら、福島原発の事故で人が住めなくなった地域以上に広い地域で人が住めなくなる危険性があリます。すなわち、それだけ国土を失うことと同じことになります。2011年3月11日の福島の原発事故を今から思うと、よくぞ危機一髪の直前で原発の大爆発を食い止められたと思います。それは、現場の最前線で指揮を執った吉田昌郎所長を始めとする人達の決死の行動によって原子炉の冷却に成功したことに拠りますが、その時の総理が物理出身で原発の恐ろしさを熟知された方で、ご自分の目で事故現場を確認するという行動をとられたことが本当に良かったと思います。もしこれが原発の恐ろしさを充分に理解されていない総理で、後手後手の対応をする東京電力上層部の報告を待っての行動だったならば最悪の事態を招いて、福島原発から半径250 kmの範囲 (東京を含む関東と新潟県それに青森県を除く東北地方) まで、人が住めなくなる地域あるいは居住するには不適切な地域になっていたかも知れません。こんな恐ろしいことが原発事故では起こり兼ねないということをもっと多くの人々が知れば、原発よりも自然再生エネルギーに転換すべきだと言う声がより一層大きくなることでしょう。いつ原発が地震・津波・火山・山崩れなどに襲われるか分からない日本では、原発に代わって太陽光・風力・地熱・小規模な水力・バイオマスなどの再生可能エネルギーに転換する時期を早めることが非常に重要だと思います。諸外国ではこれらのコストがどんどん下がっていると言われているので、日本の技術を持ってすれば不可能なことではないと思われます。

近年の温暖化は、自然現象の1つだという説もつい最近まで有りましたが、過去30年以上に及ぶ世界各国の気候変動に関する研究者の議論を経て、今や人類の産業活動に伴って排出される温室効果ガス (二酸化炭素・メタン・一酸化窒素・ハロゲン化合物など、とりわけ二酸化炭素の影響が最も大きい) よって引き起こされていると言うことが定説になっています。そして、気候変動に関する政府間パネル(IPCC) は、各国政府に対して脱炭素政策に切り替えるように訴え続け、各国の指導者もその方向へ向かっていました。ところが、米国のトランプ大統領は、目先の利益のために地球温暖化対策のパリ協定からの離脱を決めてしまいました。せめて日本の指導者は世界に先駆けて脱炭素政策を強力に押し進めて欲しいものです。そのためにはCO2を出さない技術開発ばかりでなく自然科学の基礎研究も重要です。残念ながら現在の日本では、多くの優秀な若手研究者が安定した職を得られずに海外へ頭脳流出をし続け、大学のレベルが年々各国に追い抜かれています。技術立国を目指すためには基礎研究のより一層の充実が不可欠で、基礎研究を蔑ろにする国は将来の発展は見込めません。大学に限らず教育環境の改善を早急に行わなければ、近い将来に情けない国になってしまうことでしょう。今年ノーベル賞を受賞された本庶佑博士も生命科学の基礎研究の充実を訴えていましたが、温暖化1つを取り上げてみても関連する課題として、1) 気候帯の移動に伴う世界各地の熱波・干ばつ・洪水などの多発、2) 水循環の変化による植生や食物連鎖の異変と穀物生産の混乱、3) 海洋酸性化や生態系の変化と生物多様性の減少、4) 熱中症やマラリヤなどの熱帯性感染症の増加、5) 海面上昇や高潮による沿岸域の水没や塩害など、様々な地球規模の問題が残されています。そして、上記のそれぞれの課題には急いで解決しなければならない基礎的な研究が数多く含まれています。

最近のIPCCの報告によると近年の気温上昇率は非常に高く、このままCO2を2020年まで放出し続けてその後2055年に例えその放出を0にできたとしても、2040年〜2050年の地球表面の平均気温は現在より更に0.5℃上昇するだろうと言われています。その場合、CO2の削減が遅れれば遅れるほど、気温上昇を食い止められる時代も遅くなります。同時に、表面海水の膨張と大陸の氷河や氷床の融解によって海面 (過去110年間で約20cm上昇しました) もより一層高くなります。日本に限らず世界の大都市は沿岸に集中しているため、21世紀の後半は巨大な高潮による沿岸都市への海水の浸入が特に大きな社会問題となって、人々に上に重くのし掛かって来ることは間違いありません。特に、海抜0 m地帯への海水流入とその後の塩害は深刻な問題となるでしょう。貴重な税金の使い道を高額な武器購入に当てるよりむしろ、災害復旧や将来の防災そして基礎研究の充実に向けることが重要だと思われます。そうすることによって、このままだと子供や孫の時代に多大な負担を残すことになる状況を少しは改善できるでしょう。将来、今よりも深刻化する温暖化を正しく理解し、かつ基礎研究を重要視する指導者が現れることを期待したいとものです。

(北海道大学・名誉教授、日本地質学会・名誉会員)

『地球温暖化の記事を「城北同窓会報」の22号と23号にも書きましたので、興味のある方はそちらもご覧下さい』

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